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山口地方裁判所下関支部 昭和60年(ワ)232号 判決

主文

一  被告らは連帯して原告に対し一六七万〇一六三円及び内一五二万〇一六三円に対し昭和五七年三月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とし、補助参加によつて生じた費用は一〇分し、その一を補助参加人の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告らは連帯して原告に対し一六六一万六八四八円及び内一五一一万六八四八円に対して昭和五七年三月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  第一項について仮執行宣言

(被告ら)

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

(請求の原因)

一  昭和五七年三月二三日午前七時五五分頃山口市後河原二四九番地先道路の横断歩道上において被告久保運転の普通貨物自動車(山四四わ一五二、以下被告車という。)が右道路横断中の吉冨靖峰(昭和四七年一二月九日生れ)をはね、靖峰は翌日死亡した。

二  本件事故は被告久保の前方不注視の過失によつて生じたものであり、自賠法三条による責任があり、被告会社は被告久保を雇用し、本件事故は被告久保が被告会社の業務執行中に生じたものである。

三  原告の損害は次のとおりである。

1 亡靖峰の逸失利益

同人は本件事故当時満九歳であり、本件事故がなければ満一八歳となつたときから六七歳までの四九年間一年につき一六五万八七〇〇円(賃金センサス昭和五七年第一巻第一表男子労働者学歴計一八歳の給与月額一二万八五〇〇円、年間賞与一一万六七〇〇円による。)から生活費五〇パーセントを控除した額を得られた筈であり、新ホフマン係数によつて中間利息を控除すると現価は一六二三万三六九六円となる。

2 亡靖峰の慰謝料

同人の死亡による慰謝料は一〇〇〇万円が相当である。

3 原告の相続

亡靖峰の相続人は父吉冨勝彦と母である原告であるから、原告は右1、2、の二分の一である一三一一万六八四八円の賠償債権を相続した。

4 原告の慰謝料

原告は亡靖峰の母であり、息子を失つた精神的苦痛を償うには二〇〇万円が相当である。

5 弁護士費用

原告は被告らが本件請求に応じないので原告代理人に本件訴訟を委任し、着手金五〇万円、成功報酬一〇〇万円を支払う旨約したので一五〇万円が損害となる。

四  よつて原告は被告らに対し前項3、4、5、の合計一六六一万六八四八円および内3、4、の合計一五一一万六八四八円について昭和五七年三月二三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因第一、二項のうち、被告久保が被告車の運行供用者である点は否認し、その余は認める。

二  同第三項は知らない。

(被告ら及び補助参加人の抗弁)

一  被告らは昭和五八年四月二〇日原告代理人吉冨勝彦との間で本件について被告らが原告に対し一一六三万五〇〇〇円を支払うことで解決する旨の和解契約を締結し、その後右支払いを了している。

二  仮に右主張が認められないとしても右弁済は債権の準占有者に対する弁済として原告に効力が及ぶものである。

すなわち吉冨勝彦は原告の印鑑登録証明書及びこれに表示された原告の印影と同一の原告の印影が原告名下にある原告の吉冨勝彦宛の保険金請求及び受領の委任状を提示したので被告らは右権限があるものと信じて善意無過失で弁済したものである。

三  本件事故発生については靖峰にも過失がある。すなわち、靖峰は被告車が進行してきている方向には何ら注意を払わないで突然走つて横断歩道を横断した過失がある。

(抗弁に対する認否)

一  いずれも否認する。

二  債権の準占有者に対する弁済については弁済者の過失を主張する。すなわち、吉冨勝彦と原告は離婚しており、亡靖峰は福祉施設に預けられていた事情があり、原告の所在は調査すれば吉冨勝彦が原告の本件賠償金を受領する権限がないことは容易に判明した筈でありこれをしなかつたのは過失といわざるを得ない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因第一、二項(被告久保が被告車の運行供用者である点を除く。)は当事者間に争いがない。

二  被告ら主張の和解の抗弁について検討する。

乙第一号証の示談書には被告ら主張の和解内容が記載され、右作成者は吉冨勝彦と被告らの三名となつており、成立に争いない乙第三号証(萩市長職務代理者助役作成の原告の印鑑登録証明書)の印影は乙第二号証(原告の吉冨勝彦宛靖峰死亡の本件交通事故の保険金請求並びに受領に関する委任状)の原告名下の印影と一致していると認められ、前記乙第一号証の作成者三名の名下の印影の真正は、吉冨勝彦分は成立に争いない乙第四号証により認められ、被告ら分の弁論の全趣旨によつて認められるから、前記乙第一、二号証は真正に成立したようにみえる。しかしながら、前記乙第三号証(原告の印鑑登録証明書)の基となつたと認められる甲第一一号証の三の一(原告の萩市長宛印鑑登録申請書)及び甲第一一号証の三の二(原告の印鑑登録原票)は証人椿行夫の証言及び原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると吉冨勝彦が原告に無断で原告の印鑑を偽造しこれについて印鑑登録申請手続をした結果作成されたものと認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると前記乙第二号証の原告名下の印影が前記乙第三号証の原告の印影と一致するからといつて乙第二号証の真正を推定することはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

以上の次第で被告ら主張の和解の抗弁はこれを認めるに足る証拠がないことになり、採用することはできない。

三  よつて損害の点について検討する。

1  亡靖峰の損害

(一)  亡靖峰は昭和四七年一二月九日生れで本件事故当時九歳であつたから、本件事故がなければ、一八歳となつたときから六七歳までの四九年間一年について一六五万八七〇〇円(賃金センサス昭和五七年第一巻第一表男子労働者学歴計一八歳~一九歳の年間給与)から五〇パーセントの生活費を控除した額を得られた筈のところ、これを失つたものと認められ、中間利息を控除すると一六二三万三六九六円(165万8,700円×0.5×19.574)となる。

(二)  亡靖峰の慰謝料

同人死亡による慰謝料は一〇〇〇万円をもつて相当と認める。

2  原告の慰謝料

成立に争いない甲第二号証、乙第八号証、原告本人尋問の結果によると亡靖峰は、原告と吉冨勝彦間の長男であるが、原告と勝彦は昭和五二年一月一七日離婚し、親権者は勝彦と定められ、本件事故当時亡靖峰は父母に養育されることなく、山口育児院で生活していたことが認められ、これら事情を斟酌すると原告の慰謝料は一五〇万円をもつて相当と認める。

3  過失相殺について

前記のとおり本件事故は被告久保運転の被告車が横断歩道を横断中の亡靖峰をはねて死亡させたものであることころ、成立に争いない乙第五ないし八号証によると本件事故現場付近の被告車が進行してきた車道は幅員約四メートルで、平坦かつ直線となつており、見通しは良好であつたところ、被告久保は時速約四〇キロメートルで進行し(制限時速は四〇キロメートル)、一旦は進路前方約四六メートルの横断歩道(信号機はなく、交通整理は行われていない。)の右端付近に亡靖峰ら二、三名の学童が佇立しているのを認めながらその後進路前方の安全確認を怠つたまま進行して殆ど衝突の直前になつて亡靖峰が前記横断歩道を横断しているのを発見し、有効な衝突回避措置を取ることもできないまま被告車の右前部で亡靖峰をはねとばしたこと、亡靖峰と共に前記横断歩道を渡つていた学友の松岡博隆(当時九歳)が被告車が進行してきているのを発見し、危険を感じて横断歩道の途中から引返したが、亡靖峰は被告車の進行方向の安全確認をしないまま走つて横断歩道を渡つていて前記のように被告車にはねられたこと以上の事実が認められる。

右事実関係によると被告久保の過失割合九に対し亡靖峰の過失割合一と認めるのが相当である。従つて右亡靖峰の過失を斟酌すると、被告らの賠償すべき亡靖峰の前記1の(一)、(二)の損害は二三六一万〇三二六円となり、原告は母としてその二分の一の一一八〇万五一六一円を相続したことになり、原告の慰謝料は一三五万円となり、以上の合計は一三一五万五一六三円となる。

4  債権の準占有者に対する弁済について

弁論の全趣旨によつて成立の認められる乙第九、一〇号証、山口相互銀行に対する調査嘱託の結果と弁論の全趣旨によると被告車について自賠責保険契約を締結していた共栄火災海上保険相互会社は昭和五八年四月二六日原告に対する弁済として山口相互銀行小郡支店の吉冨勝彦の普通預金口座に九八〇万円を振込み、被告車について任意保険契約を締結していた東京海上火災保険株式会社は原告に対する弁済として同年五月七日前同口座に一八三万五〇〇〇円を振込んだことが認められる。

弁論の全趣旨によると右両社が右弁済をした理由は、被告らと原告間に示談が成立し、吉冨勝彦が原告の代理人として保険金請求及び受領の権限を有すると信じ、前記吉冨勝彦の原告印の偽造、無断登録等を知らなかつた故と認められ、右に関連する書類としては乙第一号証(示談書)、第二号証(原告の吉冨勝彦宛委任状)、第三号証(原告の印鑑登録証明書)、第四号証(吉冨勝彦の印鑑登録証明書)、丙第一号証(吉冨勝彦の共栄火災海上保険相互会社宛請求書)、第二号証(原告の吉冨勝彦宛委任状)、第三号証(原告の印鑑登録証明書)、第四号証(吉冨勝彦の印鑑登録証明書)が存在し、前記認定の次第で乙第三号証及び丙第三号証は形式的には原告の印鑑証明であるが、吉冨勝彦が原告の印鑑を偽造し、これについて原告に無断で印鑑登録した結果作成されたものであるから原告の印鑑証明書として採用することはできないものである。しかしながら右乙第三号証及び丙第三号証を検討すると萩市長職務代理者助役が職務上作成したことは明らかであり、特別の事情のない限りその記載内容を疑うことは到底できないものというべく、一般に文書の作成者の意思を確認する方法は官公署作成の印鑑登録証明書の提出によつて行われていること(公証人法二八条、三一条、三二条、不動産登録法施行細則四二条等)に照らすと特別の事情のない限か前記のように印鑑登録証明書の記載を信用して弁済した場合は債権の準占有者に対し善意無過失で弁済したものとして民法四七八条による保護を受けるものと解するのが相当である。

原告は原告と吉冨勝彦が離婚していたこと、亡靖峰は本件事故当時社会福祉施設に預けられていたことから前記弁済については原告本人に確認すべきであり、これを怠つた過失がある旨主張し、弁論の全趣旨によると右事情及び弁済者が原告に確認しなかつたことが認められるが、これをもつて弁済者の過失とは認めることができない。なお、付言すれば原告本人尋問の結果によると原告は本件事故を発生の一週間位後には知つていたことが認められ、前記弁済等は本件事故から一年一月以上経過した時点で行われているのであつて、原告においてその間加害者側又は関係保険会社に何らかの対応をすれば足りたともいえるところ、これを認めるに足る証拠はないのであり、これら事情を併せ考えると前記結論は是認されるべきものである。

5  そうすると前記3の原告の損害は前記4の弁済により残額は一五二万〇一六三円となる。

6  弁護士費用

右損害残額に照らし一五万円をもつて弁護士費用の損害と認める。

四  以上の次第で原告の請求は前項5、6、の合計一六七万〇一六三円及び内前項5の一五二万〇一六三円に対する亡靖峰が本件事故により死亡した日である昭和五七年三月二四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、民訴法八九条、九二条、九三条、九四条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 梶本俊明)

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